モンゴルの子供たちにもらったもの
井手 義也 さん

大学名:立命館大学
学部:政策科学部 学年:4年
国/地域名:モンゴル、ウランバートル郊外  期間:2002年8/19〜9/2
内容:孤児たちが夏に暮らす施設の補修作業
参加者:日本6、英2、米・スイス・韓・独・ベルギー各1

 
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僕は去年の夏、モンゴルの国際ワークキャンプに参加した。実際にワークをしたのは首都ウランバートルから車で30分くらい揺られて着いた山の中だった。
そしてそこに子どもたちはいた。彼らはいろんな理由で孤児となっている。生まれながらにして親に捨てられた子、夫婦間の問題で親元を離れている子、親が何らかの理由で刑務所に入っている子など・・・。

しかし彼らはとても明るくやさしい子たちだった。『自分より他人』という気持ちであふれていた。
特に僕たちワークキャンプメンバーにはそうだった。自分たちがつくった折り紙や、いつもおいしそうに食べていた松の実を拾ってきては僕らに分けてくれた。川に水を汲みに行く時、いつもついて来て一緒に運んでくれたのは小さな女の子たちだった。人を助けたり、人を幸せにする見えないパワーを彼らは持っていると思った。

僕がさみしそうに一人で座っていると、すぐ子どもはそばに寄って来て「せっせっせ」をしたり、歌を歌ったり。子どもたちからたくさんのパワーをもらった。彼らが夏休みを過ごすキャンプ場の周りには、遊び道具は滑り台の他に何もない。TVゲームもなければ公園や遊園地もない。でも何もないからこそ、彼らは人と人が接することで、交わることで生まれる、いろんな知恵や遊び方を知っているし持っていた。『何もないから面白くないなんてない!何もないからこそ、そこからいろんな知恵が生まれてくるんだ』と感じた。日本の子どもは持ってない本当の「やさしさ」や「思いやり」を持っていた。僕は彼らをこれからもずっと忘れることはないだろう。あの子どもたちこそ本当に人間らしい生き方をしているんだと思う。人とのコミュニケーションやスキンシップを大事にし、そこから本当の人間らしい関係を築いているように僕には見えた。彼らは僕にそれを14日間という短い期間で教えてくれた。

僕は日本に帰ってきた今でもよく子どもたちのことを思い出す。そう僕にとって彼ら・彼女らは大切な友達、いや親友の一人なのだ。友達や家族の大切さ、水や食べ物の大切さ、そして何より相手を思いやるやさしさ。日本で気づくことができないことを、モンゴルのワークキャンプは教えてくれた。

僕ら日本人は、生活に不便することなく、毎日を生きていける。僕はそんな中で生きていて、これまでそれに甘えて生きていた気がする。普段何気なく飲める水だって、モンゴルに行けばすごく貴重なものであり、川の水を汲んできて煮沸しなければ飲むことはできない。そんなモンゴルでの一つ一つの出来事を日本に帰ってきて振り返り、そこから考えることで初めて、国際ワークキャンプに参加した意味を見出せるのではないだろうか。
(2003.8)


【情報提供】 特定非営利活動法人 NICE(日本国際ワークキャンプセンター)

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